重茂(おもえ)半島へ


3泊4日で陸中の調査に行って来たのですが、初日に大槌に泊まり、
二日目は重茂半島を廻りました。

d0041158_17435050.jpg


重茂半島へは震災前に行ったことがあったのですが、今回は一人で回って来ました。
すごくヘヤピンカーブの連続の道を、進めど進めど集落には辿り着きません。

d0041158_17452735.jpg


沿岸を走る道から、大沢あたりで山道になり、新緑が~~風にそよぎ、光を放つようでした。

d0041158_17471355.jpg


最初に見えて来たのは、川代(かわしろ)という集落~~浜から急激な崖地に家があり、
その急坂を津波が上ったそうで、津波到達点の石碑が新しく建てられていました。

d0041158_17484552.jpg


ここから、石浜、千鶏(ちけい)と過ぎて、重茂の集落に入ります。
どの集落も、浜はあるものの、民家はわずかずつでした。
それでも、千鶏には小学校があり、川代や石浜の子供たちはここへ通っているそうです。

d0041158_17521149.jpg


今回の大きな目的地、姉吉へ近づいてきて~ ここは、明治にも、昭和にも壊滅したそうで、
以来高台移転して、「これより下に家を建てるな」の石碑があります。

d0041158_1753335.jpg


分岐点から坂を下ってしばらくは家があったのですが、石碑より下にはありませんでした。

d0041158_17541753.jpg


ご先祖様からの伝言を守った姉吉の人々は、津波から免れ、現地で亡くなった人はいなかったそうです。

d0041158_17552998.jpg


姉吉の地名は、アイヌ語で「小さな浜」となるらしいです。
坂を下って行くと、まさに小さな小さな浜がありました。
打ち寄せる波と紺碧の海がとっても美しい花で~~しばらく休んで来ました。
ここからトドケ崎に行ける散歩コースがあるらしいのですが、ちょっと怖いのでやめて~

d0041158_1759634.jpg


途中で咲いていた栃の花~~重茂半島は上って行くとかなり季節が戻っているようで、
もう一度初夏の花を楽しむことができるようでした。

d0041158_17595554.jpg


久々に訪れた重茂半島~~懐かしさの前に~目を覆いたくなるような光景が続いていました。
あちこちに、津波記念碑が建てられていました。
それほど、長い津波との戦いが続いているエリアなのですね。

d0041158_1844026.jpg



[PR]
by sidu-haha | 2013-06-10 18:05 | 東日本大震災 | Comments(17)
Commented by isao1977k at 2013-06-10 18:13
涼しいところなんですね。
津波、未だにこわいです。
思い出してしまいますね。
Commented by timata-sn at 2013-06-10 20:22
sidu-hahaさん こんばんは
今日も薄曇りが続きましたが、夕方には曇って来ましたよ。

3泊4日で陸中の調査に行かれたのですね。
あちこちに建てられた今回や以前の津波の注意を即した石碑が
建って居るんですね。
高台に移転して津波を免れた方たちはご先祖様のお言葉を
きちっと守られた結果だったのですね。
何とも怖い災害ですよね!!
何もなかったかのような、穏やかで綺麗な海が素晴らしいですね。
Commented by 和ちゃん at 2013-06-11 03:51 x
 昔の人の言い伝えを守っていると言う事は大事なのですね。
 それにしても、海の色が綺麗ですね。
Commented by babakzk9292 at 2013-06-11 09:12
青い海がきれいです。この海が暴れると怖い災害になるんですね・・・
昔からの言い伝えは大事ですね 私も祖母が家にいたから小さな頃から
いろんな話を聞いたな 敷居を踏んだらお父さんの頭を踏んづけるのと
一緒だから踏んではダメとか今思えば色々教えて貰ったなぁ~
子供に教えたかな??教えてないなぁ~
Commented by 異邦人 at 2013-06-11 10:57 x
~☆ sidu-hahaさんへ ☆~
新緑が眩しいまでの陸中の道路は
津波による石碑が多くあるんですね。
いにしえの人の言い伝えは守るべきなんですね。
Commented by 「せ」 at 2013-06-11 13:05 x
戦う土地
なんですね
Commented by yohachi-nitta at 2013-06-11 16:23
これからの季節、さわやかでしょうね。
津波の危険さえなかったら、矢張り海のある地域は良いなぁと思います。
行って見たいです。 何日でも自由な時間と、そういうのはきっと無理だと思いますけど、海の景色を見に日帰りで月に一度程度行ってます。
Commented by gigen_t at 2013-06-11 19:09
 ジックリと拝見いたしました。 幾たびと無い 津波の被害、 それでも 其処に住んでゆく、 ナムアミダブツの供養等、
 ジーンと来ました、例によっての調査の旅、 益々のご精進をお祈りいたします、
Commented by 地理佐渡.. at 2013-06-11 20:03 x
こんばんは。

>姉吉の地名は、アイヌ語で「小さな浜」

地名は面白いですね。東北にはアイヌ語源の地名が
多いでしょうね。今日は昼休みに例の本で南三陸の
地名について少し読んだりしました。あと二月と少し。
今から楽しみにしています。

Commented by ひーちゃん at 2013-06-11 20:13 x
これより下に家をたてるなと ご先祖様の言いつけを守った人は
津波から守られたのですね
この教訓は今後の街づくりにいかすべきですね
とはいえ海の恵みで生計をたてているものは
どこまで高台に登ればいいのか 悩みますね
この海が 人々をのみ込んだのかと思うと胸が痛いです
私の街にも浜田沖地震の慰霊碑があります
その時 隆起した海岸が 畳が浦と呼ばれ名所になっています
地震の記録をいちど調べてみましょう
Commented by shizenkaze at 2013-06-11 23:59
『宮古』『重茂』と書かれている道路標識を見ていると『宮古を想え・・・』のような気がします・・・・・
いつまでもあの震災と津波の事を後世に伝え続けなければいけないですね・・・・・
Commented by risaya-827a at 2013-06-12 10:07
おはようございます^^
風景は見事なロケーションですが、一人ではそれを楽しみ余裕がないかも?
しかも、この途中で故障したらどうしようー? とか、考えたら怖い^^;
それでも、無事に到着したら、キレイな海が。。。 (^^)
いろいろと大変な災害などもありますが、ご先祖様が守ってくれてありがたい^^ (-人-) パンパン☆
Commented at 2013-06-12 12:55
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by usatyu4 at 2013-06-13 09:06
おはようございます。 いままで岩手県のことは知らなかったけど、
こちらに来ていろいろなことがわかります。テレビでは放映されない
ことが、わかります。あの津波の恐ろしかったことが
(映像や写真でしか見たことがないけど)頭に浮かんできます。
Commented by haruneko3 at 2013-06-13 19:10
真新しい石碑に胸が痛みます。そのような場所でも小学校に通う子供達のいる事にも、胸が痛みます。忘れては行けませんね。3,11を。
Commented by kagonoorugo-ru at 2013-06-13 20:27
アイヌって北海道だけではなかったのですね。
知らなかった~和人に占領されて北海道へいったのかなぁ。
心が痛いような・・・。
因みに私の生まれ育った所(北海道)はカムイという言葉が残ってますね~
緑がキラッキラしてうつくしい~
Commented by yassy127 at 2013-06-13 21:13
津波を体験した先祖様の教えが石碑になって子々孫々に伝わっているということは、津波の怖さがどれほどのものかを語っているようですね。
美しい恵みの海もにわかに災難をもたらす刃を隠しているようで、複雑な気持ちになりますね。


<< ポピー~ 織笠の海~ >>