夏油へ行って来た~
d0041158_1122689.jpg
 少し早い夏休みというのでもなかったが、北上市のみちのく民俗芸能まつりに招待を受けた。まつりは三日間続き、その間に市内外に伝わる民俗芸能がいくつもの会場で舞われるという壮大な祭りだ。私は日曜日を避けてその二日目にお邪魔した。
 北上市というのは、黒沢尻町・立花町・飯豊町・二子町・更木町・福岡町・鬼柳町・相去町・江釣子村、そして和賀町などが合併し、市内を北上川が流れているということから、その名を北上市と命名された。北上市というより和賀町に通いだしてから、早二十年ほどの時間が過ぎているが、この祭りを見るのは初めてだった。
 当日は、午後から開演という鬼剣舞を見ることになっていた。これらの踊りは外で夏の日を浴びながらの公演と思い、庇の長い帽子やタオルを何本も用意して出かけた。ところが前沢SAを出る頃には、ポツポツと雨が降り出し、平賀昭士さんの家に到着したときには、酷い降りようになっていた。これでは、取り止めだろうとがっかりしながらチャイムを押したが、平賀さんはそ知らぬふりで、「じゃ、いぐが~」と、車の方へ急ぐのだった。不思議に思い尋ねてみると、市民会館のさくらホールが会場だという。心配しなくとも大丈夫だったんだと、胸をなでおろした。
 すでに会場はでいっぱいで、空席が少なくなっていた。結局三階の一番高い場所しか空いてなくて、そこに陣取った。まもなく可愛い浴衣姿のお姉さんが現れ、司会を始めて踊りは始まったが、ステージは遥か遠い位置にあり、どうしても迫力に欠けた。期待してきただけに、ガッカリするばかりで、その上撮影禁止と放送され、ことさらそれがつのった。
 ここでいう民俗芸能というのは大きくわけると、鬼剣舞・鹿踊り・神楽・田植え踊り・太鼓などになっている。私が見せていただいたのは鬼剣舞で、角のない鬼の面をつけ、剣を携え、頭には必ず鶏の毛の束をかざしている。面の色も白・赤・青・黒などがあり、その役目によって分けられているようだ。鬼剣舞とは念仏踊りの中に分けられ、亡き人を供養する為の踊りであるという。したがって夏の日に踊られる意味がそこにあり、一人加護とか三人加護という呼び方、踊り方があり、正確にはまだ不勉強でそのわけ方についてはわからない。
 また「○○くずし」という踊りもあり、これはまるで曲芸のような踊りだった。剣を自在に振り回し、何本もの剣を一度に持ちながらの踊りやアクロバットのような踊りは、すばらしいという前に、胸がハラハラさせられた。
面をつけ、衣装を着、袴の後ろにはなにやら大きな飾りをつけ、さらになぜか子ども用かと思われる小袖を着けて踊る踊り手たちには、老齢の方もおられたのであろうが、若い方々もたくさんいたようだった。鬼剣舞は跳躍とリズミカルな動きが魅力の一つだから、体力のない人には踊れないものだった。面の下の顔を是非拝顔したいものと思っていたら、ある団体が踊り終わると、司会がその中の一人にインタビューをしてくれた。面を取ったその下の顔は、なんと二十歳の可愛い女性だった。しかもこの団体は、東京から来ているという。この女性は、鬼剣舞の魅力を「気持ちの高ぶりがなんともいえない」と話していたが、見ている者にとっても、それは同感だった。すぐ側で動きを見ることができないという感もあったが、踊り手たちの心と長い時間を伝え踊って来たという自負のようなものがヒシヒシと伝わって来た。つい肩に力が入っていたようだが、次世代への伝承が精一杯なされているのがとてもうれしく、延々と十五番の踊り全部が終わったときには感動が強く残った。
夜は夏油温泉に泊まることになっていた。北上市の中心部から夏油までは、一時間以上を要したような気がする。案内してくれた平賀の車に乗せてもらって向かった。和賀町を過ぎ山に入り始めると緑の木々に蝉の声のBGMが、なんとも言えぬハーモニーをかもし出していた。あがったばかりの雨が、真っ白い雲になってムクムクと空へ帰っていく様子は、まるで宮沢賢治の世界だったし、時々見えるトリアシショウマの白い花やリョウブの真っ白な矛先のような花群は、雲の行方を確かめるように天を向いて咲いていた。
しだいに夏油が近くなるにつれ、ブナの林が多くなってきた。突然車が止まり、「これが夏油の桂だ。」と平賀さんが話してくれた。ものすごい大樹だった。早速写真を写そうとすると、少し左手に回って見た方がよいという。回って見て驚いた。木の太さが一段と太く見えたし、下方に出来た洞も迫力あるものだった。何百年生きていたのだろうか。いや千年も生きて来たと思えた。平賀さんは巨木の会の会長さんだから、この辺りにある木の存在はすべて詳しく知っている。またしばらく行くと、今度は北上一大きなブナだと言う。道より少し下がった位置から、根元が積雪のために曲がっているが、がっしりとそして太々と大きな枝を広げて茂っていた。なんて大きな木なんだろう。こんな木があったなんて、すごい!!山は人の力の及ばないすばらしい力を秘めていた。
ブナはたくさんの実をつけていた。これを熊たちが食べるのかと思うと、とても愛おしく思えた。最後まできっちりと実が入り、熊たちが里へ降りて来ないでも暮らせるといいなあと念じそこを離れた。それにしてもブナの葉の緑は美しい。透き通るような優しい緑は、どんな人の心も癒してくれるだろう。
食後露天風呂に行こうと誘っていただいた。夏油温泉は露天風呂がすばらしいので有名で、車のナンバーも湘南・横浜・所沢・栃木など関東方面のが多く見られ、岩手や宮城の車は少なかった。大湯に行くと風呂の上に屋根がかかっていたが、脱衣所は男女別でも風呂は一緒という具合で、少々勇気のいった。しかし薄暗いからとたかを括って入ると、足をつけただけで、痺れるような熱さのお湯だった。何度かそれを繰り返し、やっと肩まで入るのにはかなり時間を要したと思う。しかし、いつまでも入っておれず、早々にあがった。次に疝気の湯に入った。ここは屋根もなく浴槽も小さく、川の流れが間近で、対岸の傾に咲いているヒヨドリソウの花が、ぼっぼっと夜灯のように見えてとてもすてきだった。
この湯ではぬるい湯ということもあって、館林から来ていた女性と長々と話し、すごく温泉気分を味わった。こうして川沿いに七つほどの湯が沸いており、それぞれが違った泉質を持っているという。
翌日は朝食後石灰華ドームを見に連れていってもらった。石灰華は、簡単にいうと湯の花が積もり積もって現在のような形になったもので、たぶん何万年かの時間を積んでいると思う。これは夏油川沿いになるので、宿から山道を登ったり下ったりして到着する。夏油川は牛形山から流れ出し、夏油温泉に届くまでにはたくさんの沢と合流しながら流れて来るという。昔はマンダ沢とか、ガックラ沢などというのを越え、丸木橋を渡り、命からがら登って来たものだと郡司直衛さんの本にあった。
宿からすぐ山の斜面を登りだした。まもなく大きな木の倒れているのに会った。すっかり根が顔を出しすでに枯れているようだった。大雪に倒れたのかもしれない。この倒木で道はほとんどふさがれているので、それを越えて登った。いろいろ冒険ができそうで、とっても楽しい道だった。山にはエゾアジサイが色鮮やかに咲いていて、心を和ませてくれる。「これから下りになるよ~」と平賀さんの説明。その分帰りが大変なんだという。これは覚悟しなければならにようだ。後350mという所に案内版があった。そこからさらに下り、それからは川の流れにそって、沿岸のほんとに際の所をあるくようになった。足を踏み外せば川に落ちるようなところもあって、なかなか冒険心を煽られるが、楽しい野の道だった。しばらく進むと、見えて来た。デッカイだるまのような姿の不思議な物が。これが、石灰華なのだ。はじめの出会いに胸がドキドキするようだった。自然に流れる温泉の湯のままに、ドームもゆったりとした流線型をしている。目と鼻をつけるとまさしく天狗の顔のようだった。それにしても大きい。手前から写真を写した私は、このドームに触れてみたいと思い、川に降りることにした。丁度国土交通省の設置した鉄筋を曲げただけの会談があったので、靴を脱ぎ、靴下を脱いでそろそろと降りてみた。初めて水に足が入ると、<ううっ、ツメタイ>なんという冷たさか。こんなにしゃっこいなんて、ビックリするやら、うれしいやら。流れは結構きついので、ゆっくりと対岸へ渡って行った。そしてドームに触れて、記念写真を写してもらった。結構上の方に触ったように思ったのに、出来上がって来たしゃしんには、まるで蚊か蝿が止まっているように見えた。それほど大きな石灰華だった。昔はこの上と下の右手にも露天風呂があったそうで、天然記念物に指定されてからは、それはなくなったという。それにしても上るのがたいへんだったろうね~持って行ったトマトを川に漬けて冷すと、十分も冷していないのに、もう、冷たくなっていて、とっても美味だった。これぞ天下一品だ。だれにもご馳走できなかったけど、行った者の特権ですね~。上流には誰も住んでいないので、飲んでも大丈夫というので、飲んでみた。もちろん冷たくっておいしい水だった。空のペットボトルがなくって、残念だったけど、すばらしい山の空気と川、草木に触れ、久しぶりに童心に返って、とっても楽しい時間だった。案内してくださった平賀さんに感謝している。
[PR]
# by sidu-haha | 2005-08-14 01:14 | Comments(1)
鍛冶谷沢ー聞き取り

鍛冶谷沢  聞取り

★高橋明(81歳)さん
鳴子町大口字町(もとからの住所である)

ここには、11の神様があった。
部落の人達が頼んで、10年ぐらい前に、名生定からお神楽が来てもらって、あげでもらった。

12の神様
山神・三吉様・湯殿山・月山・太平山・白山様・若木神社・八幡様・水神様・馬頭観音・熊野神社(おくまんさま)・愛宕さま

水神様は、昔は山奥にあった。
水の湧き口にあって、町の水道の取水口になっている。
取水口は、釜の沢にある。

本来の鍛冶谷沢には、人家はない。
鍛冶谷沢というのは、通称地名である。



本来の鍛冶谷沢というのは、川渡中学校の後の上り口の石碑の並んでいる所が、本来の沢であり、寄宿舎を建てる時に均した。その沢が鍛冶谷沢で、小さな沢を鍛冶谷沢といった。
とても急な坂だった。胸突き坂であった。

おら、小さい時は、目の神様だという小さい石があって、元朝参りをしたり、目が悪い時には、小豆をぱらぱらと蒔いて、まなぐの悪い人は拝んだものだ。
現在の石碑の並んでいる場所の二軒手前の家(庄司さん)の家の後にあった。

川渡中学校の寄宿舎建設の際、どこかへ行ってしまい、失くなった。愛宕様も一緒になくなった。

石碑の並んでいる中の三角の石が、荒神様である。

鍛冶谷沢は、三条小鍛冶宗近が鍛冶谷沢で、刀を打ったと言われている。その刀を打った所に、石が祀られている。
上るのには、胸着き坂で、上は平らになっていた。



d0041158_2253641.jpg
[PR]
# by sidu-haha | 2005-05-10 22:56 | Comments(0)
天気晴朗なれど~
久々ショッピング
[PR]
# by sidu-haha | 2005-05-04 20:13 | Comments(0)
久々ショッピング
このところ、ずっと、忙しい。
でも、たまには、息抜きだぞ~^。
d0041158_1837426.jpg




d0041158_18381724.jpg


親しくしている家のかわいこちゃんと、二人でドライブ。
仙台で、ショッピングタイム~
楽しかったよ。
でも、ちょっぴり疲れたなあ~。

d0041158_2083229.gif
[PR]
# by sidu-haha | 2005-05-04 18:43 | Comments(0)